2008年12月24日

飯島愛さんが死亡、自殺か?

24日午後3時半ごろ、東京都渋谷区桜丘町のマンション21階で、この部屋に住む元タレントの飯島愛=本名・大久保松恵=さん(36)が倒れているのを芸能事務所の関係者が発見し、119番通報した。

救急隊員が駆けつけたが、すでに死亡しており、死後数日が経っていたという。警視庁渋谷署で死因を調べるとともに、詳しい経緯を関係者から聴いている。

調べでは、事務所関係者は数日間、飯島さんと連絡がとれないのを心配し、マンションを訪問。管理人に部屋の鍵を開けてもらい、うつぶせで倒れている飯島さんを発見したという。

飯島さんは昨年3月にタレント活動を引退。ブログなどで近況を報告していたが、今年2月には「ノイローゼ」で通院治療していたことなどを告白していた。

11月30日の書き込みでは、「時々、急に、寂しくなったりしませんか?」などとふさぎこむ内容が記されていた。

飯島愛さんはテレビ東京系の深夜番組「ギルガメッシュないと」でTバックの女王として人気を集め、セクシータレントとして活躍。その後、テレビのコメンテーターとして活躍するなど、マルチな活躍を見せた。

2000年には、半自伝的な小説「プラトニック・セックス」を出版。AV出演で性病感染した経験や、整形手術なども告白する衝撃的な内容でベストセラーとなった。同書は映画化やテレビドラマ化もされるなど、性感染症予防の啓蒙活動でも知られた。
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2008年12月23日

NON STYLE(ノンスタイル)のプロフィール

NON STYLE(ノンスタイル)は、石田明と井上裕介による漫才コンビ。共に大阪市北区中津出身。吉本興業(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)東京本部所属。2000年5月14日結成。M-1グランプリ2008優勝。 キャッチフレーズ:
STREET GROOVE・浪花のフリーダム漫才(爆笑レッドカーペットのみ)・ストリート系漫才(M-1グランプリのみ)。

石田明 (いしだ あきら) 1980年2月20日 B型、身長173cm、体重54kg、ボケ担当、立ち位置 左。全身真っ白な服と白いネクタイを着ている。大阪市立中津南小学校卒業。
大阪市立大淀中学校卒業。大阪府立東淀川高等学校卒業。

井上裕介 (いのうえ ゆうすけ)
1980年3月1日 A型、身長165cm、体重60kg、ツッコミ担当、立ち位置 右。スーツのなかにタンクトップを着ている。大阪市立中津小学校卒業。大阪市立大淀中学校卒業。大阪府立東淀川高等学校卒業。神戸学院大学卒業。

2人は中学・高校の同級生である。
2人ともNSC出身ではなく、ストリートからbaseよしもとに入ってきたコンビである。元々二人は同じ中学・高校に通っていたが、特に接点はないまま卒業する。高校卒業後、大学に進学した井上はパンクバンドを組んでいたが解散し、ストリートミュージシャンになろうとしていた。一方の石田は2年間板前修業をしていた。だが、それを辞めてストリートでピン芸人になろうとしていた時、石田の現状を聞いた井上から「俺がギターを弾くからお前がベースを弾け。合間に漫才をしよう」と誘いを受け、NON STYLEが結成された。しかし、酔っ払いの
おじさんに演奏のことで怒られて自信を失くしたため、漫才だけに絞ったところ、客が増え始め、その後オーディションで吉本興業に入る。
結成当初は淀川の河川敷でネタ合わせしていた為、コンビ名の候補に石田が用意した「淀川ピーナッツ」。しかし、井上はダサいという理由から却下した[1]。
吉本興業に入る前に数か月間だけ、大阪の小さなプロダクションの研修生だった。
baseよしもとの男前ランキングで、石田が3位、井上が4位。
2006年、第4回MBS新世代漫才アワードで優勝し、同年末に初冠番組「NON STYLEのフリースタイル!!」が放送された。
オーディション組だが、大阪NSC22期生(ダイアン・ミサイルマン・ネゴシックス・中山功太・キングコング)と同期となる。

2007年、トップ組に昇格。それによりトップ組にNSC卒業生がいなくなった。
ネタはたいてい石田が考案。ネタ帳にはルーズリーフを使用し、これまで書いたものを全部積み上げると電子レンジぐらいの高さになる。

レギュラーの西川、ブラックマヨネーズの吉田と交遊関係がある。
石田は、スキップしていて中指骨折、ボールを投げて腕を螺旋骨折、デコピンをして中指を複雑骨折など虚弱エピソードが豊富である。(詳しくは石田明を参照)
2004年、オールザッツ漫才ではブサイクチームで参加。

井上は「Day of the legend」として音楽活動もしている。石田は公文文男(くもん
ふみお)の名でマネージャーをしている。

石田はこれまでA型と公表していたが、2008年になってからB型ということが判明した。しかし、その後石田のブログが荒れる(2008年2月2日ヨシモト∞大阪より)。

井上は「I company」、石田は「石田介護施設」というそれぞれの軍団を結成している。



2008年4月6日をもって、8年間所属していたbaseよしもとを卒業。同時に石田・井上共に東京に住居を構え、以降は、うめだ花月・ルミネtheよしもと等で活動している。春からは渋谷よしもと無限大ホール木曜第二部を担当。

2008年12月21日のM-1グランプリ最終決戦では5票を獲得して優勝。

芸風
漫才開始時にはほぼ必ず、石田が井上を「お前はいきってる」といじる。
その直後会場の客席に「あ、皆さん。いきりって分かります? 関西の方言で、格好付けている、調子にのっている、イライラする、なおかつ気持ち悪い、を合わせた言葉なんです」と解説する。

主なネタとして「お化け屋敷でのデート」、「恋人の振り方」、「親友への恋人の譲り方」など、女性を口説いたり、恋愛に関するものが多い。主に井上が話を進めるが、石田が鼻であしらう態度をとるというのが主流。

ただし、井上自身が途中からその世界に陶酔して、数分間芝居を続けるというネタもある。

歴史
a.. 2000年5月14日 - コンビ結成
b.. 2000年12月 - baseよしもとのプレステージからガブンチョライブ組に入る
c.. 2004年8月29日 - 第2回MBS新世代漫才アワード準優勝
d.. 2005年1月10日 - 第26回ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞
e.. 2005年8月28日 - 第3回MBS新世代漫才アワード準優勝
f.. 2006年4月21日 - 第41回上方漫才大賞優秀新人賞
g.. 2006年7月30日 - 第4回MBS新世代漫才アワード優勝
h.. 2006年8月13日 - ヨシモト∞大阪、日曜日1部MC(9月3日までは1部2部両方のMC)
i.. 2006年10月21日 - 第21回NHK新人演芸大賞演芸部門大賞
j.. 2006年12月16日 - 第35回上方お笑い大賞最優秀新人賞
k.. 2006年12月25日 - 初冠番組「NON STYLEのフリースタイル!!」放送
l.. 2007年3月23日 - NHK「爆笑オンエアバトル」の年間王者を決定するチャンピオン大会で2連覇中だったタカアンドトシを抑えて9代目チャンピオンになる。2000年以降に結成したコンビとしては初。
m.. 2007年4月7日 - 番組編成に伴いヨシモト∞大阪、日曜日1部MCから土曜日2部MCに移動
n.. 2008年2月13日 - 初の単独DVD「NON STYLEにて」発売
o.. 2008年3月21日 - NHK 爆笑オンエアバトルの第10回チャンピオン大会では、惜しくも3位となり連覇を逃す。
p.. 2008年4月3日 - 番組編成に伴いヨシモト∞渋谷木曜日2部のナビゲーターに移動


q.. 2008年4月6日 - 『ガンガンライブFINAL』にてbaseよしもとを卒業。その後東京進出。
r.. 2008年7月19日- みさき公園「ぷーるらんどRiO」のイメージキャラクター。
s.. 2008年8月27日 - 「爆笑レッドカーペット」でレッドカーペット賞を獲得。
t.. 2008年12月21日 - 「M-1グランプリ2008」で優勝。

出演番組
テレビ
a.. ヨシモト∞(木:よしもと劇場で放送中)
b.. よしもとオンライン(木:よしもと劇場で放送中)
c.. 爆笑オンエアバトル (NHK総合) 成績:10戦10勝 最高KB:509KB 9代目チャンピオン
d.. 大阪ほんわかテレビ(日:よみうりテレビ) ほんわか調査隊
e.. 爆笑レッドカーペット(フジテレビ) キャッチコピーは「どんなスタイル?」→「浪花のフリーダム漫才」 2008年8月27日の放送で、レッドカーペット賞受賞。
f.. エンタの神様(日本テレビ) キャッチコピーは「ハジけるMan才(まんざい)方式」
g.. ザ・イロモネア(TBS) ※『ゴールドラッシュ』に出演。1週目敗退。
過去の出演
a.. おはよう朝日 土曜日です (朝日放送、2005年10月1日?2007年12月22日)
b.. NON STYLEのフリースタイル!! (MBSテレビ、2006年12月25日・単発)
c.. ありがとう?お仕事はNON STYLE(関西テレビ、2007年7月3日?2007年12月25日)


d.. baseよしもとガンラジ (火:ラジオ大阪)
e.. 痛快!エブリデイ(火:関西テレビ、第1・3週目)
f.. ラジかるッ(日本テレビ、木:2007年10月?2008年9月 金:2007年10月?2008年3月)
g.. ちちんぷいぷい(水:毎日放送、隔週)

雑誌
a.. マンスリーよしもと
b.. お笑いポポロ 2007年11月号 Vol21、2008年2月号 Vol.22、2008年5月号
Vol.23、2008年8月号 Vol.24
c.. お笑いTVLIFE Vol.1
d.. Smart FACE(石田のみ)

単独ライブ
a.. 2003年
a.. 9月28日 - 「ピクニック」(baseよしもと/大阪)
b.. 11月17日 - 「クロワッサン」(baseよしもと/大阪)
b.. 2004年
a.. 1月17日 - 「ポメラニアン」(baseよしもと/大阪)
b.. 3月1日 - 「ホットミルク」(baseよしもと/大阪)
c.. 5月1日 - 「プラネタリウム」(baseよしもと/大阪)
d.. 7月31日 - 「ベビーカステラ」(baseよしもと/大阪)
e.. 9月25日 - 「クーピー」(baseよしもと/大阪)
c.. 2005年
a.. 1月26日 - 「N」(baseよしもと/大阪)
b.. 2月26日 - 「ゲスティ」(baseよしもと/大阪) ※トークライブ
c.. 3月23日 - 「N-2」(baseよしもと/大阪)
d.. 5月13日 - 「N-3」(baseよしもと/大阪)
e.. 8月4日 - 「タオルケット」(baseよしもと/大阪)
f.. 11月20日 - 「MANZAI STYLE」(baseよしもと/大阪)
d.. 2006年
a.. 2月14日 - 「よりによって」(baseよしもと/大阪)
b.. 3月1日 - 「伝説の始まり」(baseよしもと/大阪) ※井上はDay of the
legendとして出演
c.. 4月27日 - 「もしかして」(baseよしもと/大阪)
d.. 6月29日 - 「なのになぜ」(baseよしもと/大阪)
e.. 8月8日 - NON STYLE ゲストトーク LIVE(baseよしもと/大阪)
f.. 8月22日 - NON STYLE ゲストトーク LIVE(baseよしもと/大阪)
g.. 8月25日 - 「さらに」(baseよしもと/大阪)
h.. 11月8日 - 「ネタ」(baseよしもと/大阪)
e.. 2007年
a.. 1月6日 - 「精神強化」(baseよしもと/大阪) ※トークライブ、石田のみ
b.. 1月18日 - 「ネタ」(baseよしもと/大阪)
c.. 3月8日 - 「精神強化」(baseよしもと/大阪) ※トークライブ、石田のみ
d.. 3月31日 - 「ネタ」(baseよしもと/大阪)
e.. 5月25日 - 「ネタ」(baseよしもと/大阪)
f.. 7月26日 - 「大阪にて」(baseよしもと/大阪)
g.. 8月8日 - 「名古屋にて」(ASUNAL HALL/名古屋)
h.. 8月19日 - 「東京にて」(ルミネTHEよしもと)
f.. 2008年
a.. 2月29日 - 「ネタ」(baseよしもと/大阪)
b.. 4月5日 - 「石田介護施設 vs I company」(baseよしもと/大阪)
c.. 7月27日 - 「NON STYLE IN 6大都市?M-1優勝したいんですツアー?」(ルミネtheよしもと/東京)
d.. 8月3日 - 「NON STYLE IN 6大都市?M-1優勝したいんですツアー?」(ビブレホール/福岡)
e.. 8月15日 - 「NON STYLE IN 6大都市?M-1優勝したいんですツアー?」(よしもと紙屋町劇場/広島)
f.. 8月17日 - 「NON STYLE IN 6大都市?M-1優勝したいんですツアー?」(ターミナルプラザことにPATOS/札幌)
g.. 8月23日 - 「NON STYLE IN 6大都市?M-1優勝したいんですツアー?」(ASUNAL

HALL/名古屋)
h.. 9月7日 - 「NON STYLE IN 6大都市?M-1優勝したいんですツアー?」(なんばグランド花月/大阪)

DVD・CD

DVD
a.. 新風baseよしもと ネタトウタ2004(2004年12月15日)
b.. baseよしもと ネタトウタ2007(2007年5月23日)
c.. NON STYLEにて(2008年2月13日)※初の単独DVD
d.. 犯人と人質(2008年11月19日)

CD
a.. ニコニコチャンプ(2007年9月5日)
テレビ東京系アニメ『ケロロ軍曹』10代目エンディングテーマ
a.. 「見上げれば青い空」 Day of the legend(井上の歌手名)
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2008年12月22日

柳楽優弥、自殺騒動の真相

今年の夏、急性薬物中毒で病院に搬送され、その動向が心配されていた俳優の柳楽優弥(やぎらゆうや)にその直後に出した小説「止まない雨」のことや騒動の真相について聞いてみた。

 現場に現れた柳楽は、少年というよりは精悍(せいかん)な青年。事件のことに触れない方がいいのかと勝手に気を遣っていたところ、小説の主人公と彼自身との共通点を聞くと「自分との闘いに負けちゃったりっていうところの心情について主人公が理解できる。おれも自殺未遂みたいに騒がれちゃったりしましたからね。今までの自分を客観的に見たときに、自分の中で自分との闘いみたいなものがありましたけど」と切り出してきた。精神が不安定であったことは確かだが自殺ではないときっぱり。

 第57回カンヌ国際映画祭で最年少で最優秀男優賞を取って以降、『星になった少年
Shining Boy & Little Randy』『シュガー&スパイス 風味絶佳』『包帯クラブ』とどれも主役をこなし、順風満帆に見えた俳優生活だが本人にとってはそうではなかったのだろうか。

 「いろいろ限られた枠みたいなものがあるけど、それをぶち壊しておれはおれらしくやっていきたいと思っていた中で、そうするには、いろいろなリスクがあったりする……なんてことを考えたりしているうちに、この『仕事辞めたい』ってそこまで考えたりしました。だけど辞めるんだったら、世間から徹底的に辞めろって言われるまでやってから辞めようかなって思って」

 ある面を見ればカンヌ国際映画祭での最優秀男優賞という栄光は、小さな少年だった彼の体に知らず知らずのうちに重荷としてのしかかっていたのかもしれない。そんなグチは言わないが彼の苦悩からそれが感じ取れる。

 「止まない雨」は主人公が薬物で身を持ち崩していくが、このタイミングでこの小説を出すことに躊躇はなかったようだ。「タイミングもタイミングなので、もちろん皆はそれを想像するだろうと思ったんですけど、おれの中ではその方がリアリティのある感じがして良かったんですよね」そしていいにくいこともズバリ言う率直さに人間としての素直さが見える。

 「止まない雨」は映画化も検討されているが、本人はズバリ主役だけでなく監督もやりたいと堂々と宣言する。普通なら自信過剰と取られるこの言葉も彼の場合はそうはとれないのが不思議だ。表現者としてのエネルギーの大きさがそうさせるのか、カリスマ性なのかとにかく今後も目が離せない役者だ。

小説「止まない雨」/原案・柳楽優弥 文・井上凜(SDP出版)は1,200円(税別)で発売中
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Winkが復活

人気アイドルデュオ、Winkが、30日放送のTBS系「第50回 輝く!日本レコード大賞」(後6・30)で一夜限りの復活を果たすことが21日、分かった。

鈴木早智子(39)、相田翔子(38)のコンビで1988年に結成し、平成元年に「淋しい熱帯魚」でレコード大賞を獲得。96年に活動停止後、それぞれ女優、タレントとして活躍してきたが、縁のある「レコ大」が今年で50周年を迎えるにあたり、同番組から復活のラブコールが。2人がそれに応え、番組内特別企画として「淋しい−」を披露することになった。“再結成”は99年の同局系「超える!テレビ」以来、9年ぶり3度目となる。

鈴木と相田は連名で「Winkとしてもデビュー20周年の節目の年。素晴らしいステージを用意していただき、心より感謝申し上げます」とコメントした。

相田は、7月31日に元衆院議員、相沢英之氏(89)、女優、司葉子(74)夫妻の三男で医師の相沢宏光氏(37)と入籍。鈴木は独身だが、年を経て互いに色気を増した大人のWinkを見せてくれそうだ。
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高城剛ってどんな人?

高城 剛(たかしろ つよし、男性: 1964年8月18日-)は、東京都葛飾区柴又出身の映像作家、ハイパーメディア・クリエイター[1]。フューチャー・パイレーツ株式会社代表取締役、株式会社高城剛事務所代表取締役。東映アニメーション株式会社の元社外取締役で現在は顧問を務めている。

日本大学藝術学部文芸学科で、武邑光裕の講義に大きな影響を受ける。在学中の1987年に、ビデオアーティストとして「東京国際ビデオビエンナーレ」でグランプリを受賞。以後、映像作家としての活動を開始し、小泉今日子を初め、数多くのプロモーションビデオやコマーシャルを担当する。

1991年にテレビドラマ監督を手がけた『バナナチップスラブ』は、全編ニューヨーク・ロケを行い、サンキ・リー(スパイク・リーの弟)が出演するなど、その斬新な内容から高い人気を獲得する。翌1992年には、下北沢を舞台に、高橋幸宏、スチャダラパー、岡崎京子、高木完、鈴木慶一らサブカル文化人が多数ゲスト出演する続編、『アルファベット2/3』を制作した。

一部のパソコンフリークから支持をえた『高城剛X』の人気コーナー「新宿三郎」において、様々なグッズを紹介するも紫ラメのスーツの首から上の顔はモザイクのため、物議をかもしていたが、その正体は渡邊浩弐だった。

半ズボンにスニーカー、帽子という特異なファッションとユニークなキャラクターから、多くのメディアに登場し、音楽番組『ファンキートマト』(tvk)、『USAエクスプレス』(テレビ朝日)、『宇宙発明会議CIC』(フジテレビ)などに登場。また、映像投稿番組『平成名物テレビ三宅裕司のえびぞり巨匠天国』(TBS)ではレギュラー審査員を務めた。

文筆では「ホットドッグプレス」(講談社)、「テレビブロス」(東京ニュース通信社)、「スタジオボイス」(インファス)などでコラムを担当し、文筆家として実績を重ね、1997年『デジタル日本人』(講談社)発売。2006年には、『ヤバイぜっ!デジタル日本』(集英社新書)が新書ベストセラーになった。

また、早くからコンピュータに着目し、3DO専用CD-ROMゲーム『チキチキマシン猛レース』やパソコン通信での仮想都市「フランキー・オンライン」など先駆的な分野での活動を行い、現在ではDJとしても国内外で活動している。

代表作品
主な映像作品(プロデュース含む)
1989年 ビデオクリップ作品「NATIONAL KOIZUMIC VIDEO / 小泉今日子」
1991年 連続テレビドラマ『バナナチップス・ラブ』(フジテレビ)
1992年 連続テレビドラマ『アルファベット2/3』(フジテレビ)
1994年 ビデオクリップ作品「everybody goes−秩序のない現代にドロップキック−/
Mr.Children」、インタラクティブ版『チキチキマシン猛レース』(CD-ROM)
テレビ好きの方のために『ラスタとんねるず'94』
コンピューター好きの方のために『高城剛X』製作
1995年 インターネット仮想都市『フランキー・オンライン』、「マカロニほうれん荘インタラクティブ」(CD-ROM)
1997年 映画『SFサムライ・フィクション』(出演:布袋寅泰、藤井フミヤ、監督:中野裕之)プロデューサー兼特撮監督
2002年「日韓ワールドカップ」民放BS六社共同CFプロデュース、映画『目下の恋人』(主演:井川遥、監督・脚本:辻仁成)プロデュース
2003年 ルイヴィトン+村上隆「SUPERFLAT MONOGRAM」(監督:細田守)プロデュース、六本木ヒルズCF「六本人あらわる」プロデュース
2005年 ハウスコンピDVD「Hyper Rainbow DVD」DVJ(DJ+VJ)

主な著書
『高城剛の大穴イッパツ』インファス 1995年
『デジタル日本人』講談社 1997年
『ヤバイぜっ!デジタル日本』集英社新書 2006年
『「ひきこもり国家」日本』宝島社新書 2007年
『サヴァイヴ!南国日本』集英社 2007年

主な広告出演
NIKE「エアマックス」
NTT企業広告
Panasonic「Woody」
Vodafoneデータ通信カード
ヴァージンアトランティック航空「アッパークラス」

その他
総務省「次世代放送コンテンツの振興に関する調査研究会」委員
『地域文化デジタル化事業』の推進に関する構想委員会」委員
日米欧10社以上の取締役を務めている。

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2008年12月07日

鈴木紗理奈が結婚

鈴木紗理奈(31)が結婚したことを6日、公式ブログで発表した。紗理奈は冒頭で「この度、結婚しました。これまで色々な報道がありましたが今回がガチです」と報告した。相手はレゲエグループ「INFINITY16」のTELA−Cで「REGGAEを通して彼に知り合い、愛を育み、5年の交際を経て一緒になることができました 彼の才能、人間性、感性、見た目、全てが理想で信念を貫く侍魂もとても尊敬しています。幸せです」と綴っている。


鈴木 紗理奈(すずき さりな、本名:宗廣 華奈子(むねひろ かなこ)、1977年7月13日 - )は、女優・タレント・歌手。大阪府摂津市出身。所属事務所はアーティスト
ハウス・ピラミッド。大阪成蹊女子高等学校入学後、日出女子学園高等学校中退。2003年より、MUNEHIRO名義でレゲエシンガーとしての活動も行う。2007年、ファー・イースタン・トライブ・レコーズよりメジャーデビュー。


1994年芸能界デビュー。写真集やイメージビデオなどで活躍する一方で、歌手としても全国の大学の学園祭のイベントに出演、「学園祭クイーン」として人気を集める。以後、テレビのバラエティ番組やドラマ、映画、CMなどでも活躍。

サバサバした性格で、独特の関西弁で喋るアイドルは珍しくバラエティのひっぱりだこに。またグラドル→バラエティアイドルという現在のタレントの流れを作ったパイオニアでもある。

所属事務所アーティストハウスピラミッドに現在も所属。熊田曜子、安田美沙子が所属する事務所の大先輩であり、姉御的存在でもある。

兄弟は兄が3人。子供の頃、男兄弟の中で育ったことからかなり活発な子だった。

大のレゲエ好きである事を公言していて、2004年にレゲエシンガー MUNEHIRO として作品に初参加、2005年よりインディーズレーベルにてアルバムをリリースしている。MUNEHIRO の活動はライブを中心とし、テレビ等での
宣伝活動も行っていないため、コアなレゲエファンにしか知られていなかったが、若い層を中心に徐々に人気が高まり2007年にメジャーデビュー。以降は音楽番組に MUNEHIRO 名義でも出演するようになった。作
詞・作曲、ジャマイカでのトラック制作などプロデュースも自身で手がけるなど新たな才能を発揮している。

不健康そうなイメージが先行しているが、女性芸能人屈指の肉体美・健康美を誇る。東野幸治がMCを務めていた深夜番組では「鈴木紗理奈 自慢の肉体美」と称し、腕などの筋肉を披露。両腕に形
のいい力瘤をつくってみせて東野に触らせていた。本人曰く運動は特にしていないが、中学校の時に映画『極道の妻たち』に憧れ、重い拳銃を撃つことのできる身体づくりのため毎日1キロのリストバントを両手につけて学校に通っていたので、今でも筋肉が落ちないのだという。腹筋も割れるほど鍛えられており、見せることはなかったが、服の上から触らせてもらった東野がその逞しさにびっくりしていたが、代わりに東野の腹を触った彼女は贅肉がついて締まりのない彼の腹にもっとびっくりしていた。

体操選手のように両足を水平に180度開いて座ることができるほど身体も柔らかく、『笑っていいとも』で一度披露し、ギャラリーを驚かせていた。

喫煙者であったが2007年より禁煙している。2008年5月31日の放映のCX系『めちゃ2イケてるッ!』にて、「禁煙して肌がきれいになった」と言っている。

以前はテレビ朝日「ぷっ」すまによく出演、準レギュラーの1人と言われた。そして、「ココ1当てまSHOW」に2度出た際、どちらの回でもことごとくNGランキングを引き当て、「NGクイーン」と呼ばれた。

実家がホームステイの受け入れ先だった事もあり英語が得意で、過去にビースティ・ボーイズ、シアラなどにインタビューしている。2005年4月9日放映のCX系『めちゃ2イケてるッ!』SP「め茶の水女子校期末テスト第2弾」で、5教科中4教科が12人中最下位に。勉強や一般常識は「かなり苦手」なようであるが、唯一の英語が成績が良かった為に最下位を免れた(最下位になり「ウルトラのバカ」の称号を与えられたのは梨花)。2006年3月5日放送の日本テレビ系『中井正広のブラックバラエティ』のコーナー「BUMON式」で「答えが24になる九九」の問題で、九九にも関わらず「12×2」と答え、その際「じゅにんにが24」などと答えていた。

『オーラの泉』で前世はアルゼンチンの女性革命家と言われ、キューバの英雄チェ・ゲバラが理想の本人はかなり興奮していた。

2006年末からよくアフロヘアーにしている。

『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。』では改憲を主張し、「アメリカとは手を切るべきだ」、「ネオコンはあかん」などと発言している。なお、同番組では、木下優樹菜と姉妹キャラというポジションである。

2007年6月19日に渋谷区松涛にある女性専門入浴施設『SHIESPA』爆発事故で3人が死亡した事故について、その当日に行きつけだった当該施設へ友人と共に向かう予定だったが、先に食事や買い物を済ませて到着の時間帯を夜に変更したため危うく難を逃れた(日本テレビ『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。』で激白している)。若槻千夏も事故当日の時間帯に向かう予定だったが、危うく難を逃れたことをブログで明らかにしている。

『ロンドンハーツ』の「格付け女」では杉田かおる・梨花・光浦靖子・青田典子に次ぐ、歴代5人目の「Wパンチ2冠」をとった(2007年7月31日放送)。

フジテレビ『限定品コラボネーゼ』でプロデュースした財布が放送以来の大ヒット商品となり、本人も自分の作った財布を街でよく見かけ驚いている。

2008年12月6日ブログでINFINITY16のTELA-Cとの結婚を発表。
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